没写真~日比谷公園~ 写真のセンスってなに?
以前、面白レンズを買った後に、日比谷公園に試し撮りをした写真があったので紹介。
これといって面白味もないのですが……。
特に写真について言う事もないので、今回は写真のセンスってなんだろうと考えて行きます。
自分には写真のセンスがあるのだろうか?
そう考えたとき、中学生の頃に受けた授業を思い出す。
「美しさとはなにか?」
授業で出された課題。
美しい女性、美しい花……。
色々感じることがある美しさ。
だけれど、その中身は共通していない。
僕が美しいと思った花は、誰かにとって気持ちの悪いものかもしれない。
授業では答えは出なかったけれど、僕にとってこの課題は、今でも頭を悩ませる種の一つ。
ずーっとずーっと、考えてきたもの。
「美しさとは、色・形・音などの調和がとれていて快く感じられるさま。人の心や態度の好ましく理想的であるさまにもいう」とある。
感じる。
人の心。
つまり、美しさとは、感じるものであり、人の心を動かすもの……なのだろう。
結局は自分の中でしかないものであり、共通するのは、心を動かすものであるということなのだ。
心を動かす。
それはセンスも同じで「センスがない」という人の基準は、上手か下手か、美しいか美しくないか……その他諸々……。
上手いか下手かという事に関しても、結局、評価するのはセンス云々と言っている人。
美しさと同じで、感じるかどうかでしかない。
他人が何を美しく思い、何を基準にセンスを評価しているかなんて分からない。
自分にセンスがあるかどうかも分からないという疑問も、他人から見てどうなんだろうというところからくる。
こんなんじゃ埒があかない。
であれば、センスを創り出すしかない。
自分のセンスを他人に認めさせるしかない。
自分の創ったセンスを他人のセンスにねじ込めばいい。
僕の写真にはセンスがある……とは言いませんが、僕は密かに、腹の底から、僕のセンスを認めさせようと企んでいます。
芸術だって、認知されて初めて芸術となるのだ。
写真のセンスとは、他人の中に創り出されるものであって、それを創るのが創作者なのだ。
……センス云々より、技術が追いついてないのだけれどね。
スゲー! って言われたい!
そういうナルシシズムって変ですかね?
ではでは!